年々、暑くなっている。実際の気温もだが、歳を重ねるたび、体感温度も上がっている気がしてならない。
小さいころは、太陽にも負けないエネルギーを持ち、それを発散する場所を求め、外へ出かけていった。
クーラーの効いた部屋で一日を過ごすなんてことは、到底がまんならなかったのである。
海のそばにある家を飛び出し、蜃気楼で歪んだ世界を汗だくで駆け回る。
時折、日陰に入って清涼飲料水をグビグビと飲み干す。そんな毎日だった。
時が経ち、年齢は四十歳を越え、夏の大半をクーラーと扇風機の前で過ごし、挙句、趣味兼仕事である料理でさえ、なるべくなら火に近づきたくないと思って生活を送るようになった。
ふと頭によぎった、「これからの人生、夏が来る度に毎年こうなるのか?」その言葉に少し嫌気がした。
「まだ諦めたくない。変わりたい。もっと夏を楽しみたい。」と奮い立つ四十過ぎ。
とはいえ、時を重ねた分、重くなった心と体は、いきなり蜃気楼に飛び込めるほどの勇気も体力も持ち合わせてはいない。
「すぐには変わらないよな」なんて独り言を漏らしながら、ソファから腰を上げ、腹を満たすべくキッチンへ向かうことになる。
そこには、いつもの台所の風景がある。棚に置いてあるお気に入りの道具たち、なんだか今日は、しばらく使っていなかった北欧の古い黄色の鍋と目が合う。
日差しを浴びたその姿は、目いっぱい太陽に向かって顔を上げ、我先に他よりも高く伸びようとする「向日葵」のように思えた。
次の瞬間、すこし恥ずかしい話だが、頭の中に映画のセリフのようなものが降りてきた。
「そうだ、向日葵みたいに元気な夏の煮物を作ろう。」
まずは材料と下準備から、肉は骨から良い出汁が取れそうな豚のスペアリブ、それに塩をまぶす。できればそのまま30分ほどおく。(時間がなければ、親の仇だと思って、すり込む)それに玉ねぎ、とうもろこし、じゃがいもは、さっぱり仕上げたかったのでメークインにした。それぞれの野菜は食べやすい大きさに切っておく。
鍋に水と、だしパックを入れて火にかけ、沸騰する手前で弱火に落とし、表面がゆらゆらと動くぐらいの温度で7分ほど煮出す。そばやラーメンのつゆ以外はこの方法で出汁をとっている。沸騰させるとえぐみが気になるからだ。味の澄んだ出汁は、その料理の邪魔をせず、味の下支えになる。
だしパックを取り出し、スペアリブと玉ねぎを入れて、ひと煮たちさせてアクをとる。蓋をのせて弱火で一時間ほど煮込む。まずは、スペアリブを柔らかくすること、骨と玉ねぎから、旨味を煮汁に移すことに専念する時間だ。
時間通りに蓋を開けると、程よくスペアリブの筋が解けている。やっぱりじっくりコトコト系の料理には、重くても鋳物の鍋がよく似合う。
鍋の中に薄口醤油と味醂、隠し味の梅干しと黒こしょうを入れて味を付け、とうもろしと、じゃがいもを足す。これで見た目もだいぶ夏らしくなってきた。
落とし蓋をして、今度は中火で煮詰めながら、30分煮る。
煮ている最中、暑いキッチンの中で、黄色い鍋がコトコトと音を立て、暑いけど頑張れと応援してくれているような気がした。黒や銀色の無骨な鍋では、こういう気持ちにならなかっただろう。
食べるのは、あっという間なのに、料理には時間がかかる。
だからこそ、気に入った道具で作ることや、好きな音楽をかけたり、
お酒を飲みながらだったりと、自分なりの楽しい時間にする工夫が台所には必要だ。
料理は良くも悪くも、本当にあれやこれやと順序立てられたことが多い。加えて日本の夏の不快指数は、そう変わらないだろう。
だからこそ、その時間は好きなものに囲まれて良い。
これは全ての台所に立つものに許されるべきなのだ。
煮上がった夏の肉じゃがに、しその葉をちぎって飾る。
額の汗を手で拭うと、ほんのりしその香りがした。
材料(3〜4人分)
・スペアリブ…500g
・塩…適量
・玉ねぎ…4個
・じゃがいも…4個
・とうもろこし…4本
・しそ…4枚
・黒こしょう…少々
・梅干し…1個
・だしパック…1袋
・水…700㎖
・うすくちしょうゆ…大さじ4
・みりん…大さじ4
<黄色い鍋>
北欧のCOPCO社の古い鍋。どっしりとした鋳物の鍋なのにポップな黄色がお気に入り。蓋の取手が両サイドになったデザインは、収納するときに邪魔にならないのがいい。可愛いのに機能的だなんて、工業デザイナーのマイケルラックス天才!